白でもなく黒でもない

素(白)人と玄(黒)人の間にいる僕自身が、白黒はっきりさせずに曖昧な感じで気楽に、方向性を決めない雑記ブログを目指します。

個人の考え、思い込みが作る、チーム内での情報共有化の壁

大学卒業後、新卒で入社した会社での新入社員教育で受けたセミナーが非常に印象的で、あれから10年以上経った今でも完璧ではないにしろ覚えている。


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当時は4人で行ったグループワークだった。講師から各自に数枚のカードが配られ、そこにはそれぞれ異なる言葉が書かれていた。そして、他のメンバーに直接カードを見せる行為は禁止。何が書かれているか口頭で伝えることも禁止。そんな条件が与えられた。

その後、講師から僕たちに対して課題が出された。どんな課題だったかは覚えていないけれど、その課題を解決するための情報は、各個人に配られているカードに記載されていた。その情報を駆使し、グループ内で話し合いながら課題を解決するというものだった。

会社で働いていると、様々な課題をチームで解決する事が求められる。そのためには何に注意すればいいのか、そんなことを学ばせるグループワークだった。


僕たちは提示された課題に対して、自分のカードを見せること、情報を伝えることができないので、自分の把握している情報を元に“各個人で答えを考えながら”話し合った。
自分で考えた結果を話し合いながら、お互いにその考えに対して「合っていそうか、間違っていそうか」と、意見を言い合うという形で進行していた。

制限時間は30分だったと思う。僕たちは結局最後まで答えを導き出すことなく、悔しい思いをしたことを覚えている。
このグループワークで講師が見たかったことは、答えを導き出せるかではなく、どの様な過程で議論を進めていくかということだった様だった。グループディスカッション中の各人の言動をチェックされていた。


僕たちの敗因の原因は、情報の共有化方法を考える事をせずに、個人でバラバラに答えを導こうとしていたことだった。4人という少人数での話し合いであっても、各人の情報の処理能力や、考え方は異なる。それをお互いに気にすることもなく、互いに競い合う様に答えを考えていたことが、課題を解決できなかった原因だった。



“カードをお互いに見せてはいけない、書かれている内容を伝えてはいけない”という条件の下で、どの様にして情報を共有したらよかったのか。
ここは少し頓智が利いていて、“カードに書かれている内容を、ホワイトボード等に書き出してはいけないわけではない”ということだった。

“カードをお互いに見せてはいけない、書かれている内容を伝えてはいけない“という条件で、僕たちがホワイトボードで情報を共有することもダメだと思い込んでいた、そんな思い込みがあっても課題解決の障害になるのだと、僕たちに知らしめるグループワークだったのかもしれない。



会社という組織の中で働いていて、他の部署と力を合わせて課題を解決するということはよくある事だ。自部門で把握している情報を包み隠さず、また自分の考えで情報を加工して伝えることなく、他部門と共有することが、組織で課題を解決するためには重要なのだと、この研修で学んだ。

悔しい思いをしたのもあるけれど、非常に印象深い研修だったと思う。


最近ある課題を解決するために、他の部署と仕事をしている。課題解決の為に現状を分析するために、お互いに情報を出し合ったのだけれど、“出し合った風に”なってしまい、議論がなかなか進行しなかった思いをした。

他人に情報を伝えるとき、何が必要な情報なのか、不要な情報なのかを考えることは必要だけれど、そこに自分の考えや思い込みが強すぎると、上手い情報の共有化はできない。
自分が不要だと考えていた情報が、実は重要な情報ということもある。それならば、不要だと思った情報であっても、チームで共有し、チームで不要だと判断すればいいだけの事だ。情報の共有化について初心に帰るいいきっかけになった。