目指せ!超・雑記ブログ

備忘録的なブログ。考えたこと、経験したこと等を書いています。

努力して、考えて、最後は「なんとかなるさ」と思うこと

大学受験をしていた高校生の時のことを思い出した。


高校生の時は、「自分の学年+2時間」を目標に、毎日勉強していた。
中学生の頃は勉強することが嫌いで、高校生に上がってからも、しばらくの間は勉強が好きじゃなかった。

予備校の模擬試験を受けていた時も「模擬試験は自分の今の実力を知るためのものだから、勉強しないで受けるんだ」という、自分勝手な考えで、ろくに勉強もしないで模擬試験を受けたりもしていた。


進学校に通っていたにも関わらず、勉強もしなかった僕を変えたのは、当時の担任の先生だった。叱られて、それから勉強するようになった。今思えば、とても素直な学生だったのかもしれない。

「学年+2時間」を目標にしていた勉強時間も、次第にそれが1日にする最低の勉強時間になった。平日も、休日も、夏休みも冬休みも毎日勉強していた。

そんな僕だったけれど、毎日きっちり好きったゲームはしていたし、ジョギングも毎日していた。それは3年生の追い込み時期も、受験直前も同じだった。



僕は心配性で、神経質だ。小さい頃は左右の靴下のラインが揃っていないと気になっていたし、今は自分の言動が他人の気に障っていないか気になってしまう。

そんな僕だから、大学受験という人生の進路を決めるようなイベントの直前になると、緊張が高まってきて勉強しないと落ち着かなくなってもおかしくなかったと思う。でも、当時の僕はそうじゃなかった。
非常に落ち着いていた。受験当日も、試験開始のチャイムが鳴ってからも直ぐに問題用紙を開かずに、一呼吸置くくらいの余裕を持っていた。



当時の僕がそんな落ち着いた精神状態になったとき、自然と口から出ていた言葉があった。

「なんとかなる」

「(試験直前で勉強しないで)大丈夫なの?」という学校の先生からの問い掛けに対して出た言葉だったと思う。

当時の僕は自信をもって「なんとかなる」と口にしていた。
それまでに最低でも「学年+2時間」の勉強を毎日していたし、数え切れないくらいの問題を解きまくっていたからだったと思う。

「こんなに勉強してきたんだから、あとは運しかない」

そんないい意味での開き直りができていたんだと思う。

受験の結果は、問題の読み間違いで惨敗だった第1志望校には不合格だったけれど、家から通える公立大学に現役で合格できたし、良かったんだと思う。



社会に出て10年を過ぎて、最近特に「自分に務まるのかな」とか、いらぬ不安を多く感じる様になっている気がする。
きちんと勉強はしているし、小さいけれど着実に成果も出せていると思う。それでも最近は特に「技術革新」という様な、焦りで僕の心をザワ付かせる単語が多く出てきて、自分の能力に不安を感じる。

今、高校生だった頃の自分、大学生だった頃の自分を思い出すと、当時より幅広いことを勉強していると思う。
それならば、無駄に不安になる事なんかはないんだと思えるし、言葉は悪いかも知れないけれど、僕よりもできない人もいるんだとも思える。

いま改めて、この言葉を思い出したいと思う。

「なんとかなる」

根拠なんてなくてもいい、努力して、いろいろと考えている僕自身を純粋に信じれるようになりたいと思う。



『こどもは1日に400回笑うが、大人になるとそれが20分の1になる』

こんな記事を読んで、我が子のことや自分の小さかったころを考えていたら、ふと、思い出したことでした。