目指せ!超・雑記ブログ

備忘録的なブログ。考えたこと、経験したこと等を書いています。

引っ越しすると寂しく感じるのは何故か

引っ越しとか、身の回りの環境が大きく変わると、なんだか寂しい気持ちになる。自ら望んだ変化なら、そんな気持ちにはならないけれど、そうじゃないときは不満もあるし、寂しさを感じる。

住み慣れたところから離れて、友だちもいないところだし、知ってるお店もない。特に引っ越しはインパクトが強い。引っ越しを伴わない転職の方が楽だ。

こんな気持ちも、いざ新しい生活が始まると吹っ飛んでいくんだろうけれど、それまでは気分が悶々とする。友だちとの楽しかった思い出とかに感傷的になったりする。引っ越したくなくなってくる。

でも、よく考えてみると、普段仕事をしていてその友だちと頻繁に連絡を取り合っていたかというとそうでもないのに気づく。節目々で飲みに行くとか、その程度だったりもする。なら何故そんな友だちと離れることで寂しさを感じるのか。きっと思い出補正だな。

思い出補正というと、過去の出来事の良いところだけ記憶に残って、記憶が美化されることだ。小さい頃やっていたTVゲームが無性にやりたくなるのと同じだ。そんな思い出補正で寂しさを感じてクヨクヨするのはあまり意味がない。これからのことを考えて、やるべきことをやっていこう。

変化が大きいと、変わらないものを無意識に探すのかも知れない。それが友だちとの思い出とか、そういったものに向くのかも知れない。変化を嫌うのは人として当然なことだから、それも仕方ない。そうだと分かれば寂しさと上手く付き合っていける。

他人と比較しても意味がない。自己評価の基準は絶対評価だ。

自己評価は相対評価ではなく絶対評価。他人と比べて自分が勝ってる、劣ってるとか評価しても意味がない。

同世代のひとの肩書きとか、年収とか、そんなことを気にして劣等感を感じる必要はない。単純に「幸せそう」と思い込んでいるだけかも知れない。

いま、自分は自分に満足してるか、満足しているならそれでいい。満足してないなら、たぶん、何に不満なのかは既に分かっていると思う。それに意識を集中して一つずつ達成していけばいい。

他人の成功を感じたときは、羨ましがるのではなく、そこから奈にかを得ればいい。年が離れていればそれも容易にできるかも知れないけれど、年が近いと難しい。自慢話しのように聞こえてイライラする。それでもそれをグッとこらえて「へー」と受け流す。

他人と自分を比べない。比べるなら過去の自分と今の自分だ。過去よりよくなっているならいい。悪くなっていたら要改善。軌道修正は早い方がいい。

改善の基本は後戻りをしないこと。「間違ったら戻せばいい」という考えではなく 、「間違ったらそこから更に変えていく」ということ。信念を貫き通すことが重要だ。信念を貫き通そうとすると、他人の目なんか気にしてられない。どう見られても、どう思われてもいい。とにかく今をより良くすることを考える。

人生はいろいろある。良いことも悪いことも。他人と自分を比較してしまって、劣等感を感じてしまったら一度自分を見つめ直してみる。何をすべきなのかが見えてくる。

本を読んだだけで実践しないのはただのムダ

本を読まないより、読んだ方が断然いいのは当たり前。でも、読んで得た内容を実際に活かさないのは、時間のムダ。暇潰しと同じ。

そんなことを今まで何度となく考えたことだけれど、改めて考えさせられた。考える度に新しい思いが生まれる。

課題を持って本を読むことが大切

むかし、大学の教授に(たしか)こんなことを言われたことだある。

「一番効率のいい勉強方法は、必要なときに勉強することだ」

僕はその言葉を何度となく思い起こしては、「必要に駈られると集中できるし、そうなんだよね」位にしか考えてなかった。

でも、今改めて思い起こすと、そんな薄っぺらな言葉じゃなかったのかもしれないと思うようになった。教授が伝えたかったのって、もしかしたら

「常に問題意識を持って、それを解決するために勉強しなさい」

ってことだったのかもしれない。

課題を克服するために勉強すれば、その結果はすぐに実践され、本から得た事が自分の中に吸収される。

問題意識を持って生活をするのは簡単なことじゃない。大変だけれど、それを心がけていれば意味ある読書になるのかもしれない。

気を付けよう。頑張ろう。そう思った。

海外出張の持ち物をリストアップ

絶対必要

  • パスポート、パスポートのコピー
  • 航空券(eチケット)
  • 入国書類
  • お金、クレジットカード

事務用品

  • 海外用財布、名刺入れ
  • 手帳、筆記用具(金物は預入荷物にする)

衣類関係

  • 着替え
  • 部屋着、スリッパ
  • 仕事着(作業着、帽子、安全靴、保護眼鏡)

電機製品関係

  • パソコン、アダプター、マウス
  • スマートフォン、充電器
  • 海外利用アプリのインストール
  • 翻訳アプリのインストール、現地言語のダウンロード
  • 予備バッテリー
  • 電気シェーバー
  • 変換プラグ、(変圧器)
  • 目覚まし時計
  • カメラ、充電器

くすり

  • 胃腸薬、絆創膏
  • 風邪薬

衛星用品など

  • 歯ブラシ、歯磨き粉
  • ボディーソープ、シャンプー、コンディショナー
  • 整髪料
  • ボディクリーム
  • 爪切り
  • 耳かき

あったら便利

  • 裁縫道具(預入荷物にする)

他人を巻き込んで仕事をする難しさ

他人を巻き込むストレス

仕事って一人じゃ大したことはできないのはよく言われる事だと思う。

同じ部署の他のひとと一緒に仕事をしたり、他の部署のひとと仕事をしたり、社外のひとと仕事をしたり。
会社に雇われて働いていると、いろんなひととのコミュニケーションが求められる。

コミュニケーションが得意なひとはいいけれど、そうでもない人にとっては、これがなかなかストレスになる。
僕もそんなストレスを抱える仲間のひとりです。

コミュニケーションをとる相手が増えれば増えるほど、自分と性格が合わない人とも関わらなければいけない確率は高くなる。
全く笑わない人、ヘラヘラしているひと、自分を試してくるひと、、、。
そんなひとと顔を会わせる、話をする、それだけでも僕はストレスを感じる。

いまに意識を集中する

ストレスを感じるのって、過去にあった嫌な気持ちや、何をやったらいいのか分からないことから生じる将来への不安だったりする。

過去は変えられないし、将来に不安を感じてもいいことなんかない。だったら今、この瞬間に意識を集中して、今やるべきこと、できることをする。
難しいけれど、そうすることがストレスを軽減することになるのかなと思う。

過去に嫌な気持ちを抱いた人に接するときは、気持ちをリセットして、はじめて会う気持ちで臨む。そんなことができれば、コミュニケーションがストレスになることはなくなるのかな。

今やるべきこと、やっておいた方がいいと思うことを淡々とこなせば、将来はきっと上手くいく。他人にやってもらうこと、スケジューリングもきっと明確になってくる。

そうすれば自然とコミュニケーションスキルっぽいものは身に付くと信じたい。

個人の考え、思い込みが作る、チーム内での情報共有化の壁

大学卒業後、新卒で入社した会社での新入社員教育で受けたセミナーが非常に印象的で、あれから10年以上経った今でも完璧ではないにしろ覚えている。


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当時は4人で行ったグループワークだった。講師から各自に数枚のカードが配られ、そこにはそれぞれ異なる言葉が書かれていた。そして、他のメンバーに直接カードを見せる行為は禁止。何が書かれているか口頭で伝えることも禁止。そんな条件が与えられた。

その後、講師から僕たちに対して課題が出された。どんな課題だったかは覚えていないけれど、その課題を解決するための情報は、各個人に配られているカードに記載されていた。その情報を駆使し、グループ内で話し合いながら課題を解決するというものだった。

会社で働いていると、様々な課題をチームで解決する事が求められる。そのためには何に注意すればいいのか、そんなことを学ばせるグループワークだった。


僕たちは提示された課題に対して、自分のカードを見せること、情報を伝えることができないので、自分の把握している情報を元に“各個人で答えを考えながら”話し合った。
自分で考えた結果を話し合いながら、お互いにその考えに対して「合っていそうか、間違っていそうか」と、意見を言い合うという形で進行していた。

制限時間は30分だったと思う。僕たちは結局最後まで答えを導き出すことなく、悔しい思いをしたことを覚えている。
このグループワークで講師が見たかったことは、答えを導き出せるかではなく、どの様な過程で議論を進めていくかということだった様だった。グループディスカッション中の各人の言動をチェックされていた。


僕たちの敗因の原因は、情報の共有化方法を考える事をせずに、個人でバラバラに答えを導こうとしていたことだった。4人という少人数での話し合いであっても、各人の情報の処理能力や、考え方は異なる。それをお互いに気にすることもなく、互いに競い合う様に答えを考えていたことが、課題を解決できなかった原因だった。



“カードをお互いに見せてはいけない、書かれている内容を伝えてはいけない”という条件の下で、どの様にして情報を共有したらよかったのか。
ここは少し頓智が利いていて、“カードに書かれている内容を、ホワイトボード等に書き出してはいけないわけではない”ということだった。

“カードをお互いに見せてはいけない、書かれている内容を伝えてはいけない“という条件で、僕たちがホワイトボードで情報を共有することもダメだと思い込んでいた、そんな思い込みがあっても課題解決の障害になるのだと、僕たちに知らしめるグループワークだったのかもしれない。



会社という組織の中で働いていて、他の部署と力を合わせて課題を解決するということはよくある事だ。自部門で把握している情報を包み隠さず、また自分の考えで情報を加工して伝えることなく、他部門と共有することが、組織で課題を解決するためには重要なのだと、この研修で学んだ。

悔しい思いをしたのもあるけれど、非常に印象深い研修だったと思う。


最近ある課題を解決するために、他の部署と仕事をしている。課題解決の為に現状を分析するために、お互いに情報を出し合ったのだけれど、“出し合った風に”なってしまい、議論がなかなか進行しなかった思いをした。

他人に情報を伝えるとき、何が必要な情報なのか、不要な情報なのかを考えることは必要だけれど、そこに自分の考えや思い込みが強すぎると、上手い情報の共有化はできない。
自分が不要だと考えていた情報が、実は重要な情報ということもある。それならば、不要だと思った情報であっても、チームで共有し、チームで不要だと判断すればいいだけの事だ。情報の共有化について初心に帰るいいきっかけになった。

努力して、考えて、最後は「なんとかなるさ」と思うこと

大学受験をしていた高校生の時のことを思い出した。


高校生の時は、「自分の学年+2時間」を目標に、毎日勉強していた。
中学生の頃は勉強することが嫌いで、高校生に上がってからも、しばらくの間は勉強が好きじゃなかった。

予備校の模擬試験を受けていた時も「模擬試験は自分の今の実力を知るためのものだから、勉強しないで受けるんだ」という、自分勝手な考えで、ろくに勉強もしないで模擬試験を受けたりもしていた。


進学校に通っていたにも関わらず、勉強もしなかった僕を変えたのは、当時の担任の先生だった。叱られて、それから勉強するようになった。今思えば、とても素直な学生だったのかもしれない。

「学年+2時間」を目標にしていた勉強時間も、次第にそれが1日にする最低の勉強時間になった。平日も、休日も、夏休みも冬休みも毎日勉強していた。

そんな僕だったけれど、毎日きっちり好きったゲームはしていたし、ジョギングも毎日していた。それは3年生の追い込み時期も、受験直前も同じだった。



僕は心配性で、神経質だ。小さい頃は左右の靴下のラインが揃っていないと気になっていたし、今は自分の言動が他人の気に障っていないか気になってしまう。

そんな僕だから、大学受験という人生の進路を決めるようなイベントの直前になると、緊張が高まってきて勉強しないと落ち着かなくなってもおかしくなかったと思う。でも、当時の僕はそうじゃなかった。
非常に落ち着いていた。受験当日も、試験開始のチャイムが鳴ってからも直ぐに問題用紙を開かずに、一呼吸置くくらいの余裕を持っていた。



当時の僕がそんな落ち着いた精神状態になったとき、自然と口から出ていた言葉があった。

「なんとかなる」

「(試験直前で勉強しないで)大丈夫なの?」という学校の先生からの問い掛けに対して出た言葉だったと思う。

当時の僕は自信をもって「なんとかなる」と口にしていた。
それまでに最低でも「学年+2時間」の勉強を毎日していたし、数え切れないくらいの問題を解きまくっていたからだったと思う。

「こんなに勉強してきたんだから、あとは運しかない」

そんないい意味での開き直りができていたんだと思う。

受験の結果は、問題の読み間違いで惨敗だった第1志望校には不合格だったけれど、家から通える公立大学に現役で合格できたし、良かったんだと思う。



社会に出て10年を過ぎて、最近特に「自分に務まるのかな」とか、いらぬ不安を多く感じる様になっている気がする。
きちんと勉強はしているし、小さいけれど着実に成果も出せていると思う。それでも最近は特に「技術革新」という様な、焦りで僕の心をザワ付かせる単語が多く出てきて、自分の能力に不安を感じる。

今、高校生だった頃の自分、大学生だった頃の自分を思い出すと、当時より幅広いことを勉強していると思う。
それならば、無駄に不安になる事なんかはないんだと思えるし、言葉は悪いかも知れないけれど、僕よりもできない人もいるんだとも思える。

いま改めて、この言葉を思い出したいと思う。

「なんとかなる」

根拠なんてなくてもいい、努力して、いろいろと考えている僕自身を純粋に信じれるようになりたいと思う。



『こどもは1日に400回笑うが、大人になるとそれが20分の1になる』

こんな記事を読んで、我が子のことや自分の小さかったころを考えていたら、ふと、思い出したことでした。