目指せ!超・雑記ブログ

備忘録的なブログ。考えたこと、経験したこと等を書いています。

仕事においてメールと電話のどちらを優先すべきか

どっちでもない。時と場合、相手による。結局はそうなのだと、僕は思う。

どっちもコミュニケーションツールにすぎない

メールだろうと、電話だろうと、LINEだろうと結局は自分の考えや情報を伝えるための手段でしかない。きちんと伝わればどれでもいいと思う。

ただそれを受け取る側がどう感じるかが問題なんだと思う。急ぎの連絡なのにメールだとかは良くない。かといって電話だけで済ましてしまうと、電話は掛ける側の都合優先だからそれも良くないし、記録が残らないから後で言った、言わないの問題になることもある。

ならどうすれば良いかと考えると、正解なんか存在しないと思う。

メールと電話を併用する

仕事で使う連絡手段で、メールと電話のどちらが優れているのかと言われると、僕はメールが優れていると思う。簡潔に文章を書こうとすると自分の考えをまとめる必要があるし、受け取った方も必要な情報を漏れなく得ることができる。

そんなメールでも相手に誤解を与えることもあるし、読んでくれないということもある。そこを補う方法としては、メールを送ってから電話すればいい。

自分の検索履歴はブログのネタになるか

ブログに何を書くか

上手いブログを読むと、よくネタを思い付くなと思う。才能だと片付けてしまうのは良くないなと思い考えてみる。

考えてふと思ったことが、「自分の検索履歴はブログのネタになるか」だ。自分が知りたいと思って検索したキーワードって、もしかしたら誰かも検索するのではないかと。もしそうならそれはブログのネタになるなと。

自分が辿り着いた答えは誰かの答えのヒントになるか

知りたいことがあって、いろいろ検索して、わかんねー、わかんねーと頭を悩ませてやっと導いた自分なりの答えは、それが例え正しくなくても一つの答えには代わりない。そりなら、その答えを誰かが参考にして新たな、より正しい答えを効率的に導いてくれたなら、とても良い。

そんなことを考えて、こんな結論に至る。これはこれで一つの答えなんだと、僕はそう思う。

良いいそがしさ、悪いいそがしさ

忙しいとは心を亡くすこと

普段から「忙しい、忙しい」と言っている人っている。大変だなと思うけれど、ホントかと疑ってしまうこともある。

反対にものすごく忙しそうなのに、忙しいとは言わない人もいる。この違いは何なのか改めて考えてみる。

「忙」という漢字は「心」を「亡くす」と書く。忙しいということは、心を亡くすほどに慌ただしい状況で、あまり良い意味ではない。だからなのか、結婚式とかおめでたい席での挨拶では好まれない。「お忙しい」ではなく、「ご多用」という言葉を使う。

自分の制御下に置けば忙しくなくなる

やることが多く、いろいろなところに気が回らない時、ついつい忙しいと言ってしまう。そんなときは、何をやらなければいけないのか、書き出して整理してみるといい。

制御下というか、管理下というか、そうすると気持ちが落ち着いてくる。

充実しているか、していないか

生活が充実していると、やることが多くても忙しいという気にならないい。仕事以外の時間でも、ふとした空き時間に自然と仕事のことが考えられて仕事が上手くいくし、苦にならない。

「やらされている」感じばかりだと、心の余裕はなくなるけれど、「(自ら)やっている」感じになるとそうならない。好きなことに取り組んでいると時間を忘れるのと似ている。少しずつでも好きなことを増やしていければ良い。

良いいそがしさは、やることが多くても忙しいと感じないこと。悪いいそがしさは、忙しいとなって心を亡くしている状態。

僕はそう思う。

引っ越しすると寂しく感じるのは何故か

引っ越しとか、身の回りの環境が大きく変わると、なんだか寂しい気持ちになる。自ら望んだ変化なら、そんな気持ちにはならないけれど、そうじゃないときは不満もあるし、寂しさを感じる。

住み慣れたところから離れて、友だちもいないところだし、知ってるお店もない。特に引っ越しはインパクトが強い。引っ越しを伴わない転職の方が楽だ。

こんな気持ちも、いざ新しい生活が始まると吹っ飛んでいくんだろうけれど、それまでは気分が悶々とする。友だちとの楽しかった思い出とかに感傷的になったりする。引っ越したくなくなってくる。

でも、よく考えてみると、普段仕事をしていてその友だちと頻繁に連絡を取り合っていたかというとそうでもないのに気づく。節目々で飲みに行くとか、その程度だったりもする。なら何故そんな友だちと離れることで寂しさを感じるのか。きっと思い出補正だな。

思い出補正というと、過去の出来事の良いところだけ記憶に残って、記憶が美化されることだ。小さい頃やっていたTVゲームが無性にやりたくなるのと同じだ。そんな思い出補正で寂しさを感じてクヨクヨするのはあまり意味がない。これからのことを考えて、やるべきことをやっていこう。

変化が大きいと、変わらないものを無意識に探すのかも知れない。それが友だちとの思い出とか、そういったものに向くのかも知れない。変化を嫌うのは人として当然なことだから、それも仕方ない。そうだと分かれば寂しさと上手く付き合っていける。

他人と比較しても意味がない。自己評価の基準は絶対評価だ。

自己評価は相対評価ではなく絶対評価。他人と比べて自分が勝ってる、劣ってるとか評価しても意味がない。

同世代のひとの肩書きとか、年収とか、そんなことを気にして劣等感を感じる必要はない。単純に「幸せそう」と思い込んでいるだけかも知れない。

いま、自分は自分に満足してるか、満足しているならそれでいい。満足してないなら、たぶん、何に不満なのかは既に分かっていると思う。それに意識を集中して一つずつ達成していけばいい。

他人の成功を感じたときは、羨ましがるのではなく、そこから奈にかを得ればいい。年が離れていればそれも容易にできるかも知れないけれど、年が近いと難しい。自慢話しのように聞こえてイライラする。それでもそれをグッとこらえて「へー」と受け流す。

他人と自分を比べない。比べるなら過去の自分と今の自分だ。過去よりよくなっているならいい。悪くなっていたら要改善。軌道修正は早い方がいい。

改善の基本は後戻りをしないこと。「間違ったら戻せばいい」という考えではなく 、「間違ったらそこから更に変えていく」ということ。信念を貫き通すことが重要だ。信念を貫き通そうとすると、他人の目なんか気にしてられない。どう見られても、どう思われてもいい。とにかく今をより良くすることを考える。

人生はいろいろある。良いことも悪いことも。他人と自分を比較してしまって、劣等感を感じてしまったら一度自分を見つめ直してみる。何をすべきなのかが見えてくる。

本を読んだだけで実践しないのはただのムダ

本を読まないより、読んだ方が断然いいのは当たり前。でも、読んで得た内容を実際に活かさないのは、時間のムダ。暇潰しと同じ。

そんなことを今まで何度となく考えたことだけれど、改めて考えさせられた。考える度に新しい思いが生まれる。

課題を持って本を読むことが大切

むかし、大学の教授に(たしか)こんなことを言われたことだある。

「一番効率のいい勉強方法は、必要なときに勉強することだ」

僕はその言葉を何度となく思い起こしては、「必要に駈られると集中できるし、そうなんだよね」位にしか考えてなかった。

でも、今改めて思い起こすと、そんな薄っぺらな言葉じゃなかったのかもしれないと思うようになった。教授が伝えたかったのって、もしかしたら

「常に問題意識を持って、それを解決するために勉強しなさい」

ってことだったのかもしれない。

課題を克服するために勉強すれば、その結果はすぐに実践され、本から得た事が自分の中に吸収される。

問題意識を持って生活をするのは簡単なことじゃない。大変だけれど、それを心がけていれば意味ある読書になるのかもしれない。

気を付けよう。頑張ろう。そう思った。

海外出張の持ち物をリストアップ

絶対必要

  • パスポート、パスポートのコピー
  • 航空券(eチケット)
  • 入国書類
  • お金、クレジットカード

事務用品

  • 海外用財布、名刺入れ
  • 手帳、筆記用具(金物は預入荷物にする)

衣類関係

  • 着替え
  • 部屋着、スリッパ
  • 仕事着(作業着、帽子、安全靴、保護眼鏡)

電機製品関係

  • パソコン、アダプター、マウス
  • スマートフォン、充電器
  • 海外利用アプリのインストール
  • 翻訳アプリのインストール、現地言語のダウンロード
  • 予備バッテリー
  • 電気シェーバー
  • 変換プラグ、(変圧器)
  • 目覚まし時計
  • カメラ、充電器

くすり

  • 胃腸薬、絆創膏
  • 風邪薬

衛星用品など

  • 歯ブラシ、歯磨き粉
  • ボディーソープ、シャンプー、コンディショナー
  • 整髪料
  • ボディクリーム
  • 爪切り
  • 耳かき

あったら便利

  • 裁縫道具(預入荷物にする)